surf&snow DIVER

東京を拠点に国内外アウトドア旅行

昭和40年代の番長・初めて飼ったペットはセキセイインコ

インコを飼ったのは 昭和の小学低学年の頃、

当時は国民総中流、同じような家庭が団地に住んで、

ウチは第九小学校、区にどんだけ小学校があるんだ!

(多くは既に廃校になっちゃいました)

鍵っ子という、ウチや友人の母の多くは働きに出掛け、

この頃は お金に困ってというより 生き甲斐?

母は仕事に行って 同僚とおしゃべりし、

報酬で好きなモノを買って生き生きと楽しそうでした。

 

子供らは親より早く帰宅する「鍵っ子」

私や 弟妹を誰が面倒みたかというと 高学年の6年生、

「番長」というとイメージが悪いけど 親も頼りにしてたから。

番長は放課後に チビッ子を集め 良く遊んでくれました。

あと周囲の監視の目も凄かったな。

風邪ひいて休んで本屋に行った日、翌日には先生の耳に入っていて、

「休んで何してた!」ほっぺにビンタをくらい・笑

良く言えば 地域で子供たちを 守っていたんだよね。

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話が随分と脱線しましたが・・・

番長が「飼ってみろ」とセキセイインコをくれました。

それが鳥とのふれあいの始まりです。

当時は危機意識が低い人が多かったのか?置場がなかったんだ。

ベランダの手すりに 植木鉢を並べたり、

ウチも鳥籠を置いていたのを落としてしまい、

下にいた人たちがインコを助けてくれました。

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苦い経験をして「気をつけて飼おう」という意識づけ。

もっとも2Kサイズの狭い家に 4人なり5人が住んでいたから、

屋内にペットの居場所はなく もっぱらベランダ。

冬は鳥籠に 毛布を掛けてあげる位しか できませんでした。

部屋の私も冬は「自分の体温で布団を温めろ」父に言われ

あの頃の冬は寒かったなぁ・笑

 

その後もインコをお迎えしたり、迷い鳥が飛んできたり、

人生の多くの時間、インコが近くにいました。

ホントは今も 犬や鳥に囲まれて暮らしたいんですけど、

自由にファイアー旅行がしたいため、

ペットは自粛してますがコロナで行動も自粛になっちゃいました。

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しかし昔の番長、すごい大人だったよな、ほんとに小学6年生かよ・笑

さてコロナ完全終息を願い、今日も仕事に行ってきます。