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「歩活」自分のドラマ聖地巡礼②港区白金界隈

自分ドラマの聖地巡礼 22,715 歩コース

幼稚園から小学生の頃は 港区にいました。

最初に記しておきますが、前にこの話をしたら

「セレブなんですか?」反感を買ってしまいまして、

メディアでは 白金界隈は リッチな町と

紹介しているようですが 私は半世紀以上前ですので、

この辺りは駅から遠く 陸の孤島だったんですよね。

今は地下鉄が通りましたが、

それでも東京駅まで 乗換 30分以上かかります。

まず 都営浅草線の泉岳寺駅は ユーザーでしたが、

泉岳寺に来たのは初めてという とんでもないヤツ・笑

 

 

当時の白金界隈は都電(路面電車)でアクセスです。

国鉄品川駅から 伊皿子を魚籃坂下の停留所へ電車は下ります。

子供でしたので 運転士さんの横で 技術を見ておりまして、

ある日、停留所へ向けて なにやらグルグル回し始めました。

昔の電車の手ブレーキですよね。故障したのか?職人技術?

坂でスピードが出過ぎたのか?それでもピタリと停めました。

あとは 国鉄渋谷駅前から こちらも都電でしたが、

いずれにせよ 町から出る事は 滅多になかったと思います。

この辺りに 小学校がありましたが 既に廃校です。

ひどいもんですよね~小中学校とも 出身校は廃校。

母親と三光坂を登って 幼稚園へ通いました。

当時の思い出のまま 幼稚園があります。

正面の建物へ向かって 冬はダルマストーブの周りに

お弁当を並べて それを食べるのが楽しみでした。

今はガードマンがいて 警備が万全になっており、

「卒園生なんですよ~」会話が出来る雰囲気はなく、

世知辛い時代ですよね。

ここぞ 我が聖地巡礼!昔のまんまですね。

幼稚園の帰りは冒険心いっぱいで歩いた小道

昔はここに 冷蔵庫なんかが 捨ててあって、

入った子が とんでもない事になった思い出。

外からしか開かないヤツです。

ここを歩いて行くと 草原が広がったイメージですが、

高熱を出した時の 夢だったのかも知れません。

湾岸よりすいぶん高所に思えますが海抜11mか。

歴史を紐解くと 豊島の六義園まで津波が届いた事が

あるようですので・・・余談

妙にひらべったい公衆トイレも歴史があります。

この辺りの 長屋に住んでいたのですが

風邪をひいて診療所へ行ったら 当時流行した伝染病で、

保健所へ連絡され 防護服を来た職員が消毒を始め、

強制連行で、都立荏原病院へ隔離されました。

今、思えば診療所→保健所→隔離病棟の連携は完璧ですね。

ただ大部屋の小児病棟に放り込まれたので、

母親に可愛がられていた幼児には 1か月の隔離は試練でした。

TVワイドショーはなく 情報は新聞の時代、

地域での混乱や 誹謗中傷はなかったようです。

四ノ橋 向こうの通りには渋谷からの都電が走っていて

この辺りの重要な交通手段でしたが 1両でしたので、

親父なんかは通勤が大変だったと想像します。

前に書いた記事に 親父が撮った都電の写真ありです。

worldwidetraveler.hateblo.jp

川が意外に 透き通り清流になっているのに驚きました!

東京都の下水処理を調べるのも 楽しそうですね。

生臭いかカルキ臭だった 東京の上水も

いつしか そのまま飲める 美味しい水になっているし。

よし!次は東京の水の進化を学ぼうか。

まだまだ 私のなかの 港区白金が残っている

聖地巡礼コース 歩活には楽しいですね。

セレブの町 白金なんていうメディア記事が多いなか、

まったく逆の 私のなかの 港区白金

ステイタスに思っている方には 誠に申し訳ありません。

昔からの 白金庶民の爺ちゃんが 路地に座って

南風の羽田着陸コースを飛ぶ 上空の飛行機を見上げ

ノンビリしている姿も 散見される町でした。