早期リタイア・アウトドア旅行&日常備忘録「還暦プラス」

60代早期リタイア後の日常・東京拠点 国内外アウトドア&温泉旅行記

4代目(昭和46年)クラウンの思い出・クルマは男の夢とロマン

歴史が長い 国産のトヨタ クラウンって車、

関わった人生と、照らし合わせ、感傷深いものがある。

 

4代目(昭和46年)クラウン情報を得て 見て来た。

 

半世紀以上前の、この車とのエピソード。

 

私は小学生でしたが、学級で 車もち家庭はなく、

親友宅の1台だけ、彼の家は自営の洗濯屋であり、

家兼店舗は、古い木造2階建で 老朽化し傾いていたが、

車はピカピカの、MS60系クラウンが置いてあった。

私が、個人所有の車に乗ったのは、これが初。

 

昭和40年代の、庶民の娯楽はテレビであり、

ドリフの「8時だよ全員集合」公開生放送に良く行った。

 

港区芝公園の 郵便貯金ホールだったと思うが、

親友の父が、この車で送迎してくれたのだ。

初めて走る首都高速、もう興味深々、目が点!だ。  

 

どうやって運転するのか?目が離せない。

「なんでペダルが3つあるの?」質問攻めだ。

後部座席から見た、東京タワーの風景が 蘇ってきた。  

 

最近の運転がラクな車から見れば、異質かも知れない。

無駄とも見える、長いボンネットとトランク。

俺らにとっちゃ、男の夢とロマン「車・バイク」

 

そういや、高齢になった親父の車が傷だらけで、

ケアマネさんと「車を取り上げよう」という話になり、

車の鍵を 隠した時があったのだが、

 

「もう虐めないでくれ。車は夢だったんだ。」と涙した。

 

幼少の頃 団地住まい、柔道の技で抑え込みあった、

強かった親父が、私とケアマネの前で泣くなんて。

 

親父が免許を取る余裕が出来たのは40歳代、

焼け野原世代が、カローラ デラックスを買えた時、

どんな気持ちだったか、想像がつく。

 

なんて酷い事を してしまったのだろう。

その後は1年もせず、親父は倒れて他界した。