還暦アウトドア旅行&日常備忘録

60代早期リタイア後の日常・東京拠点 国内外アウトドア&温泉旅行記

思い出を語る旅行ステッカー・ダイビング雑誌

思い出のダイビング雑誌ステッカー。

 

私が潜り始めたのは昭和50年代、バブル景気以前の20歳の頃。

友達と手漕ぎボートにタンク3本積んで・・・手漕ぎね・笑

 

三浦半島の葉山御用邸沖、冬は海底のカジメがゆらゆら不気味。

ってか 御用邸の沖?アメリカ映画にある何かの作戦かよ!

絶対に怪しい連中だけど、お巡りさんは大丈夫だった・笑

 

夢は沖縄の海、だが経済的に無理で ダイビングは止めてしまった。

 

バブル期は結婚し家庭を築く時期、それに旅行は高かったから、

友達家族と行くには、テントかバンガロー、民宿だった。

 

そして40代、生活も落ち着いて余裕が出て来たころ、

 

週末の東京駅は、ダイビングバックを持った若い人たち、

「伊豆に行くのかな?」って、散見するようになった。

 

いいね~と思って、久しぶりに本屋で ダイビング雑誌を見た。

月刊誌はマリンダイビング、ダイバー、ダイビングワールド、

マリンフォト、海と島の旅、I LOVE Diving・・こんなにあった。

 

 

「ツアーが安い!潜水器材も安くなってる!」事に気が付き、

古いレギュレーターの、高圧ホースを交換してまた潜るか!

 

平成の潜り方は進化して、昭和と大きく違っており、

バディと潜るのではなく、現地のサービスを訪ねガイド付き。

 

ダイバーもガテン系というより、若いOLさんや女子大生も。

時はバブル景気が崩壊し、価格破壊かつ円高だったから、

普通の若い人たちが、ダイビングを始め賑わっていたのだ。

 

現地のサービス主体で潜る方式は、

その日に潜ったメンバーで、だいたい夜は懇親会だ。

同じ趣味同志、これが盛り上がって最高に楽しくてね、

第2次ダイビング マイブームは 海に潜る目的よりそっち?

 

中年オヤジが若い女子とビールを飲む機会はココだけだ・笑

 

皆を繋いでくれたのは、各ダイビング情報誌だったが、

廃刊や休刊が相次ぎ、今は無いようで寂しい事だ。

 

私の余暇は その時代の 安い事をしたらこうなったけど、

今の私的な閉そく感ってバブル前みたいに迷走です。worldwidetraveler.hateblo.jp