還暦アウトドア旅行&日常備忘録

60代早期リタイア後の日常・東京拠点 国内外アウトドア&温泉旅行記

50年前は猛暑はなかった「どんどん暑くなる異常な高気温」

私は長いこと「夏の暑さに強い」と申してきました。

 

東京湾から数キロにある家は、今までせいぜい33℃が上限、

最近の内陸部は40℃なんて聞きますが、

ウチが最も内陸に住んだのが、せいぜい板橋区なので、

それほど暑くなった思い出はありません。

私は冷気が苦手なのでクーラー入れても「30℃」設定です。

 

30℃ってのは、身体が一番活発になり 好きなのです。

特に南の島、気温も海水温も30℃ってのはパラダイス。

 

例えばそんなグアムのブルーホールの海に潜って、

ウエットスーツ着なくても、水中は適温でありますし、

 

海パンだけで タンクを背負って水深40mの海底の世界、

それは魚のように自由自在、ダイビングって簡単と思うはず。

 

私は30℃が好き!ウチの辺りで37℃になるって異変だよ。

 

大人になっても外で遊ぶのが主、仕事も現場系が多かったから、

特に近年の異常な高気温を感じるのかもですが、

 

さすがにヤバいから、図書館などに避難してみたりするけど、

意外にスーパーは、冷房が効き過ぎて寒い・笑

 

はぁ~私が好きなのは30℃で、それ以上は嫌いです・笑

 

 

過去50年の肌感覚を思っても、年々暑くなっていると思う。

 

1960年代~子供の頃の夏休みは、1日中外で遊んでいた。

誰かの家に寄って、麦茶を頂いたり塩トマトがオヤツ。

 

1970年 山手線に初の冷房車が1両導入された。

証拠は家にあった、母と私と山手線の写真(1960年代)

電車に詳しい人が見れば解るでしょう。

 

 

それなり暑いから革靴の大人は「足が水虫」親父も・笑

 

1976年 高校受験の際に「少しは勉強したら?」と、

母がパートで稼いだ金で、窓クーラーを買ってくれた。

 

私は3畳台所に隣接した、風通しが悪い納戸に寝ていたから、

この狭い空間にクーラーが付いて、同級生が押し寄せた・笑

冷気に当たって、皆で喜んだのを覚えている。

 

家族は2間に別れ 扇風機だったから 贅沢な事だ。

簡易クーラーは五反田TOCのセール、8万円もしたのを覚えている。

 

高校の夏休みは、年賀状配達からの継続雇用バイトで、

重い無変速の貨物自転車に郵便を満載し、

目黒の権之助坂を立ち漕ぎしてたが、

水分を取る訳でもないし、そりゃ暑いが猛暑って記憶もない。

 

1980年代 社会に出た頃、東急東横線の半分が冷房車、

ただ近所の目蒲線(現目黒線)池上線は100%扇風機だった。

 

1983年 冷夏、国鉄の仕事で 一緒に終わった仲間と、

千円飲み放題のビアガーデンへ良く行ったけど涼しくて、

寒くて仕事のアノラック(防寒着)姿で飲んだ8月の夜。

 

その後冷房化が進み、屋外機から大量の熱風が大気に出始めた。

 

東京湾にサンゴが生え、熱帯性クマノミが越冬をしたとか、

避暑地と思っていた千葉県の銚子でも30℃になってきたとか、

 

旭川でお年寄りに聞いたら「しばれる冬日が無くなった」

北海道のニセコ、良く行く奥地の宿でエアコン工事を始めた。

 

先月の北欧も30℃近くあり、上半身は裸でハイキングした。

日本最北端、北海道の稚内よりずっと北にある地ですよ。

 

一時的な暑さなら良いけど、氷河が溶け出さないか心配だ。

 

しかし南関東で、気温が40℃を超え出したら世も末か。

電気とクーラーがなきゃ 住めなくなっちまった。

 

暑さに強いと豪語した私、エアコンないと降参!