あれは まだガラケーで、X(旧Twitter)などSNSがない時代、
人生の節目を迎えた40代の中年オヤジ ダイバーが、
家族を置いて パラオという南の島へ一人旅に出かけた話です。
2004~2006年にかけて、本当に不思議な旅経験をしたのは、
私のhpと それを可愛がってくれた ダイバー達のおかげです。
ホームページのパラオはシリーズ化した3回目
この時は海況に恵まれて、パラオらしい外洋に潜りまくり、
旅のタイトルは「中年オヤジの一人旅 絶景ブルーホール編」に決定。
ブルーホールは パラオの人気ダイビングポイントの一つです。
さて、パラオは4~5日間でダイビングに行く事が出来たけど、
直行ではなく 決してラクな旅ではなかった 記録がありました。
2002~2008年は戦後最長という好景気「いざなみ景気」
バブルでなく「庶民が主役の緩やかな好景気」と私は思いました。
だからグアムのイミグレorトランジットは常に日本人で大行列。
夜遅くにパラオに着いて、翌朝8時から海に出掛ける元気が必要です。
さて翌朝パラオ、私の潜水バディは 20代前半の女子ばかり~なんで!笑
当然このノリが、苦手なダイバーも いらっしゃる訳だから、
ダイビングサービスが厳選した お笑いメンバーとなったようです。
私の役は 女子高の修学旅行に引率した写真屋のオヤジ。
先ほど会ったばかりだが私のニックネームは「パパ」になった。
昭和は結婚出産が早かったため、私は皆のパパの歳には違いない。

「パパと呼ばないで~」妙な気持ちのままエントリー 頭上をマンタが回る。
旅のテーマとした幻想的な「絶景ブルーホール」
海底に複数の穴が開き、遠くのダイバーから吐き出されるエア。
しかし今思えばホームページのタイトル、
「パパと呼ばないで~中年オヤジのパラオ一人旅」が良かった・笑
私は昭和の時代にパラオに潜った、出戻り中年ダイバーだけど、
偉ぶらずニコニコして女子の聞き役~しかし妙な感じ。
いや、東京サラリーマンで人生終えてたら、絶対にない貴重経験だ。

深海から水面にいるダイバーまで見渡せる豪快な海だね。
様々な良い要因が重なって、10~20回とダイバーがパラオへ通えた時代。
中年出戻りダイバーは、先にボートに上がり娘たちの笑顔を撮影し、
ボートに引き上げるのをお手伝いする「パパ」笑

1日のダイビングを終え 宿で潮を洗い流したら居酒屋に再集合。
今日の海の話、魚の話、そしてそれぞれの仕事の話。
お互いのログブックに連絡先の住所を書き再会の約束をする。
東京サラリーマンで人生を終えたら無かった経験。
思い切って一人旅に出て良かった。
この場は、社会で疲労した心の隙間に差し込む柔らかな光のようだ。

居酒屋の店長がこの場の写真を額に入れて店に飾ってくれた。
同じ日程でパラオに来てないので、毎日メンバーが入れ替わる。
どんどん仲間が増えてパラオで再会を約束する。
みんな特別な富裕層ではなく、普段は普通のサラリーマンやってる。
ただし社会人と言っても、皆がカレンダー通りの仕事とは限らない。
そんな庶民派ダイバーが集まれたのも時代だったのかね。
さてパラオ滞在3日間の思い出は、各自の心にズッシリ詰まった。
帰路は成田空港の営業時間に向けたフライトスケジュールがキツイ!
2次会は 深夜未明のパラオを出発する時間までビールを飲む。
一人旅で人気の安宿パラオホテルに泊まっている人の部屋・笑
出発するまで部屋を使えたんだね~安く行けた時代だ。
搭乗したら爆睡、グアムでトランジット、成田空港に朝に着く。
「明日・・あ!今日だった~仕事は夜勤?」「昼から仕事だ~!」
余裕時間が全くない、みんな素晴らしいワークライフバランスだ。
しげちゃんもパラオホテルに泊まったが、今は1泊2万円もするって。
2000年代は 1泊数千円で泊まれるホテルが コロールには多くあった。
かつて、日本人ダイバーの楽園 社交場だったパラオ・・・
庶民が主役の「いざなみ景気」に上手く乗った人が集まったのかね。