わが青春時代、ほぼ第1次、第2次オイルショックを過ごした。
思えばいつも暗雲が漂っていた感じだった。
まず俺ら若手の楽しみは「夏、海で遊ぶ」これしかなかった。
何しろ交通費が高額、湘南や千葉、伊豆七島の海に行くくらい。
もち遠方のスキー場に行くなんて、話題にすら出なかった。
20歳からスクーバダイビングをやってるが潜るのはほぼ真鶴。
私がガイド?だから予算は1人5千円で済ます。ギリの出費。
冷たくて透明度は1mくらいの濁った近場の海だ。
もっとも気分がいつも晴れないのは、
あの頃は梅雨が明けず、夏が寒かったんだ。
特に昭和51年、55年は冷害が発生するほどの大冷夏だった。
8月にビアガーデンに行くがアノラック(防寒着)を着た。
当時、唯一の楽しみだった夏がこれじゃ、気も沈むよ。

世間も冷風が吹き荒れ、低賃金長時間労働から労働運動が激化しストライキ勃発。
それがね、昭和61年・1986年、いきなりカラッと晴れて青空になったんだ。
訳は1ドル240円台だった為替が、150円~120円台という急激な円高へ。
当初は円高不況と言ったが、歴史的な好景気へ転換した。
まず輸入物価が下がり、職場はお茶だったのがコーヒーになった。
出来る事が断然増えた。そんで街で見つけたグアムのパンフ。
夜行で成田に朝帰り、低層の安い宿だが12万円という旅費。
濁った海で潜っていた俺ら6名「海外?これ行けるんじゃね?」
もう二度とないかも知れない円高、人生最大のチャンスと思った。
グアム行きジャンボ機の最後部喫煙席、日本人で満席だった。
その後バブルは僅か3,4年で崩壊、株価や不動産が大暴落したが、
まぁウチは景気に左右されない仕事に就いたゆえ影響なく、
バブルは崩壊しても、その後はグアムも3万円位で週末に行けて、
(国内の温泉地などは打撃を受けたとは思う)
人によっては失われた30年ともいうが、安定した物価で庶民生活はラクだった。
さてさて、1ドル160円・・・転機だった1986年以前に戻った。
自分史としたら何か努力したって訳ではなく、
出来る事は為替と社会情勢次第だ。
私もネタが尽きてきたが、新時代に出来る事が見つかるだろうか。