失明リスクある網膜裂孔・剥離で硝子体緊急手術を終えました。
私は網膜剥離を体験された方のブログを一通り読ませて頂き、
私も経験した事を残し、同じ病になった方の参考になればと。
(経緯)
雪道運転で飛蚊症が気になり1年前から眼科で診てもらっていた。
もっとも飛蚊症なんて若い頃からあったし、
屋内や雑踏では気にならず、殆どの飛蚊症は問題がないそうです。
そして今年の3月にも眼科で眼底を診てもらい異常なしでした。
(4月17日 金曜日)
北海道でのスキーを終え、宿の洗面所で手を洗ってる際に、
突然視界に黒く大きな虫のようなモノが現れ消えた。
明日は東京に帰るので、念のためスマホから眼科を予約した。
(4月18日 土曜日)
北海道ニセコをゆったり出発し、札幌のスキー店に寄った。
たいした症状はなく、夕方新千歳でレンタカーを返却し東京へ。
(4月19日 日曜日)
白い車をみたら、黒く小さい粒が車体一面に見えた。
「これは脳か目の異常だ。早急に出来る事をやっていこう。」
(4月20日 月曜日)
朝、脳神経外科でCT撮ってもらい脳は異常なし。
脳の先生は「目では?網膜剥離って怖いですよ」と言った。
空を見上げると、黒ゴマが散らばったように見えた。
私も網膜剥離は飛蚊症の件で調べて少しは知っていた。
即、スマホで網膜剥離を詳しく調べ「緊急事態と判断」
眼科の予約は夕方だが、電話で事情を言って早急に向かう。
結果、網膜に大きな穴と亀裂があり、早急に手術が必要だ。
先生は「先月(3月)はなかったのに」と慌て気味だった。
この頃から見え方が薄いすりガラス状になり症状が悪化。
先生は電話で大学病院に事情を説明し紹介状を書いてくれた。
今は病棟がいっぱいで、最短入院は明日の朝8時に決まった。
まぁ仕方ない。やる事はやって治療のレールに乗った。
しばらく飲めないビールを片手に、ネットで網膜の勉強をする。
(4月21日 火曜日)
7時に起床し入院の準備をして、電車で大学病院へ向かった。
診察の結果、網膜裂孔が進んで「網膜剥離」だった。
この頃には下半分が見えなく、症状悪化の速度が早まっている。
僅か3~4日のうちにだいぶ目が見えなくなった。
幸い前方視力はまだ0.8あり、黄斑中心窩(眼底中央部)は健在。
網膜中心部まで剥離してしまうと、視力の回復は困難という。
先生は「緊急手術の目的は視力回復ではなく失明回避」と。
手術は眼球に複数の穴をあけ、眼球内の硝子体を抜いて、
ガスを眼球内に入れ、そのガス圧で網膜を付ける硝子体手術。

(参天製薬さんより)
50歳以上の人は水晶体(白内障手術)も同時にするようで、
予習して理解したのは、硝子体手術は白内障が急速に進む。
だから水晶体も人工レンズに交換したほうが後々効率が良い。

(参天製薬さんより)
私は裸眼なので、聞かれるまでもなく遠方単焦点レンズに。
近視の人には、近くが見える単眼レンズを勧めていた。
ちなみに多焦点レンズ(自費)を選ぶ雰囲気はなかった。
先生の手が空いた、16時ころ手術室に入った。
右目の局所麻酔のみだが、私は痛みは全くなかった。
ただし眼球をつかまれり、針が刺さった感じは気持ち悪い。
手術は2時間弱でしたが、私は凄く長く感じました。
術中も痛くはなかったが、終始身体が突っ張り状態でした。
術後は車椅子で病棟に戻り、1時間後に着替えて夕食が可能。
19時に夕食が提供、豚ロース定食 668Kcal 塩分 1.5g
多くの人は気分が悪かったり、痛みで食べられないそうだが、
私は腹ペコで完食しました。我ながら呆れますね。

痛み止めのロキソプロフェンを用意して下さったが、
術後も一切痛みがなく、薬は飲まず終わりました。
今回、私は目の手術の怖さより、
緊急手術で失明を免れた、感謝の気持ちと安堵感が強かった。
食べ終えたら、翌朝まで8時間ぐっすり寝た。
ここで疑問、樹木希林さんは網膜剥離の手術を躊躇し失明。
「なんで?」って思ったんだけど、
当時20年前の網膜剥離手術は今の硝子体手術と違い、
身体に負担が大きい大手術で、再発再手術も多かったようで、
なるほど~調べていたら樹木希林さんの想いが少し解った。
私には20年前ってつい最近なのだけど医学の進歩は凄いな。
その頃に網膜剥離を起こしたら、私も失明したのだろうな。
今まで健康自慢で、高額な健康保険料を納めた不満があったけど、
今回の手術で失明を逃れた事で解消だ。
皆保険制度は素晴らしいし、今の時代に生きているって幸せだ。