小学生時代を思い返すと ヤンチャ度が凄まじいです。
還暦過ぎてもやってる事に大差なかったんだけど・笑
目を悪くした事で、そろそろ潮時かもしれません。
さて昭和43年、港区から板橋区に引越 小学6年間を過ごす。
板橋区は男児にとって、アウトドア的な遊び場所が多く、
また小学校が多い区だったので 友達が多く楽しかったです。
当時、土曜は休みではなく冒険は日曜日のみ。
自転車で目指すは埼玉と東京の間に流れる荒川の戸田橋。
一級河川敷は荒涼とした雰囲気でワクワクだった。
国道17号を北上し往復12km、皆、戸田橋が好きだったね。

ごみごみした道を走り抜ければ「ひゃっほ!」

土手から転がり落ちて、血まみれで帰った事も・笑
荒川の戸田橋を渡ると戸田ボートレース場。
それから浮間公園、三次公園は池で手漕ぎボートで遊んだ。
だから大人になっても、ボートを漕ぐのは得意でした。
たまに夢に出てくるのは、狭い道を抜けると広大な草原。
たぶん北区の帝京大学病院あたりと思っていて。
戻るか板橋区!数年前に仲宿商店街の観光案内に寄った。
スタッフが同年代の方だったから期待をこめて話をした。
「私、そこの閉校した小学校に通ったんですよ。」
「え?地元の人ですか!」って、皆、他県からの人だった。
東京の悲しきアルアル「私に故郷なし」人の出入りが激しくて。
あれほどいた友達はどこへ?(私も6年しかいなかったけど)