早期リタイア・アウトドア旅行&日常備忘録「還暦プラス」

65歳を待たず早期リタイア後の日常生活・東京拠点 国内外アウトドア&温泉旅行記

初海外!南の島ダイビング「グアム 1986」③

初、グアムダイビング、ボートが出るのはホテルがある

タモン地区から車で40分くらいのアプラ港。

この頃MDAのショップは更に先のアガット地区、

ハップスリーフの方にあった気がするが定かでない。

MDAは現在もアメリカ人向けのサービスとしてピティにある。

思えばグアムでは大型の老舗ダイビングサービスだ。

2ボートダイブ、飲食、アフターダイブのバドワイザー飲み放題、

全て込み65ドルだったから、良心的なツアー代だ。

送迎は大型バス、船はディナークルーズ用の大型船、

MDAは当時そうとう流行っていたダイビングサービスだった。

日本人は北川さんのみで、他のガイドはアメリカ人。

この頃、日本人はシャイと言われたが、

底抜けに明るく遊ばせ上手なアメリカ人ガイドに打ち解け、

みんなすっかりグアムが大好きになった。

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大型カタマラン船の屋根から飛び込む北川さんを見れば、

ただものではないダイバーなのはすぐ解った。

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グアムの海で活躍する北川さんは格好良くて憧れた。

達人級インストラクターでありながら偉そうなとこがまるでない。

いつもニコニコしている北川さんが皆、大好きになった。

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グアムを代表するポイントに3日間連れていってもらった。

「ブルーホール」水深42mまで潜り、横穴からホールに入り、

水面を見上げるとハート型に見える。感動だ。

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ブルーホールの上穴、中にいるダイバーのエアがぶくぶくと。

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北川さんが「今日の透明度は50m」え?!耳を疑った。

「クレバス」海底にいるダイバーがくっきり、感動し涙がこぼれ落ちた。

今までの経験透明度は、良くて15mだから、ぶっ飛んだ。

「水温は30℃あるから水着で潜ったら?」北川さんの一言、

そういえば、テレビ東京 DO!スポーツの、

みゆきとデリーサも、番組では水着で潜ってたよな。

そもそもウエットスーツを着るから浮力を消すためウエイトを巻く。上手く潜れない。

水着なら重りも不要で簡単中性浮力だ~

まるで魚になったように潜れる。

初心者も一気にダイビングが上達した。

ブルーホールもクレバスも深く、中性を潜るし。肌を傷つける事もない。

北川さんのさり気ない一言のおかげ。

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アプラ港は東海丸、アメリカンタンカーなど、

大戦で沈んだ沈船の宝庫。初めての経験にワクワクが止まらない。

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ハップスリーフでは魚がいっぱい。

ダイビングを始めて2年たって、はじめてクマノミを見て感動した。

まだダイビングコンピュータが無かった時代、

ダイブテーブルで潜ると1日2本となる。

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ダイビングボートは、サンセットディナークルーズ用の大型船、

船の乗務員は夜はそっちの仕事だったから、

休憩中は夜のためにダンスの練習を皆で始めた。

ポナペやヤップからきた、グアム大学の学生さんたち、

観光業でバイトして学費を払っているようだった。

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けっきょく朝から夜まで舟で、ディナークルーズまで参加し、

みんな日中に仲良くなっていたから、笑って踊って、楽しかったなぁ。

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グアムから帰った後も、知り合った現地の人と

写真を送ったり、しばらく文通でやり取りしていた。

振り返ってみれば、無理してグアムに行って本当に良かった。

グアムMDAを番組でやってくれた、テレビ東京に感謝。

人生、最高の思い出の一つになっている。