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東京を拠点に国内外アウトドア旅行

特急あさま①横川駅「峠の釜飯」上野~碓氷峠~長野(鉄道文化村EF63機関士)

信越線特急 あさま181系 長野行き(1970年代 上野駅にて)

長いボンネットがカッコイイ、日本国有鉄道 全盛期。

まだサラリーマン都民は 車を買えなかった時代です。

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おばあちゃん一家が長野へ引越、信州に家を建ててから、

夏休みは何度か遊びに行って、しいて言えば心の故郷は長野。

当時 あさま号の指定席を取るのは 至難だったと 父から聞いた。

発売日に 早朝から駅に並んで 駅員がマルス端末を叩く。

「もう無いよ。売り切れ!」(当時はこんな対応・笑)

「発売と同時に?ふざけるな!」さすがの父も切れたという。

そんで 自由席の急行で長野へ行ったんですかね・笑

母は30代、おばあちゃんは50代、最期までイメージは変わらんかったが、

昔の写真を見ると 私を含め?最近の人は若いよな・笑

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急行は窓が開くので、横川駅に到着すると窓越しに 釜飯を買う。

ホームでは「峠の釜めし屋おぎのや」さんが、

重たい釜飯を持って 売っては走る・笑

一方、特急は窓が開かないから、客がホームの売店へ猛ダッシュ!

横川駅で釜飯を買うなら、特急より急行のがオススメ・笑

下の写真は10年位前に買った釜飯ですが、当時と変わらず重たい・笑

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当時の長野駅は写真の通り。善光寺と間違える人がいたという。

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長野~直江津間が電化されたようですね。

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数年前に訪れた 思い出の横川「碓井峠鉄道文化むら」

なんで横川駅のホームで、峠の釜飯が飛ぶように売れたか?

峠越えの為に 準備する停車時間があったから。

電車は登れない急勾配ゆえ 電気機関車を連結する

横川から軽井沢間の11.2kmは 1km毎に67mも登る急勾配の難所。

今の気密性が高い新幹線電車でさえ「耳がピキ!」となるから、

ハイランド信州への道は険しかった訳です。

 

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旧・丸山変電所が、急勾配の碓氷峠を超える鍵。

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明治40年代、電気機関車が峠を登る際に重要な施設。

AC6600Vを受電し 変流器で直流に変換し 312個の蓄電池に貯めて、

機関車が来ると バッテリーからDC600Vを供給したという。

私が知ってる あさま号はDC1500Vだっだから 未体験の設備ですが、

充放電中はガスが発生する為、通気が考えられてるようです。

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現地にあった 丸山変電所が現役の写真ですが、

電車線は無く 機関車へのき電は 第三軌条方式だったようです。

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丸山変電所の変流器室ですが、素晴らしい建築技術。

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バッテリー室でしょうか。充放電で大量にガスが発生するので、

換気が良い窓が大きい作りになっています。

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明治時代、当時の先輩方 日本のマンパワーには驚きます。

鉄道文化村 EF63体験を重ねたら 本務機関士の運転まで出来るようです。

連結開放、単機運転、重連推進運転とか、マジ?

元、機関士・運転士のワタシも 最初からやるんだろな。

ダイビングならイントラでも、チェックダイブをする海があるように、

学歴とか資格、経歴は関係がなく、今の実力が重要なんですよね。