還暦アウトドア旅行&日常備忘録

60代早期リタイア後の日常・東京拠点 国内外アウトドア&温泉旅行記

都営地下鉄6号線・老夫婦のための理想の暮らしは何処に。

小学生の頃、巣鴨から マンモス団地の高島平まで、

都営地下鉄6号線(現在は三田線)が開通した。

 

それまで 都営地下鉄1号線(現・浅草線)があって、

何で2~5号線がなく、地下鉄6号線なのかは知らないが、

 

しかし 昭和40年に工事着手し、昭和43年開業って、

驚いたね~たった3年で 地下鉄を造っちゃった!

 

昭和39年は 東海道新幹線 500km以上の距離 5年で完成、

当時の日本はどんだけ マンパワーがあったんだろ。

小学生の私は、電車に乗る事はなかったが、

朝6時に起きて配達を手伝い、手に入れた自転車で、

川にロマンを感じて~都営地下鉄6号線に沿って北上した。

 

新河岸川沿いは、小さな工場がたくさんあって、

モノづくり日本の時代、空気は悪く 川の水も真っ黒で、

 

家内工業とか、おばちゃん家は内職で軍手作ってたし、

今もあの姿を思い出すと、軍手も捨てられず洗っちゃう。

 

いつしか工場は中国に行って、空気も川もきれいになった。

 

あの頃の為替は超激円安 1ドル 360円だったから、

付加価値を付けて輸出する産業には追い風だったけど、

 

今、庶民の生活は、円高がラクに決まってる。

 

話は戻り、多くの工場跡地に 住宅が大量に建設され、

東京でも手頃な不動産価格のため、後輩達は移り住んだ。

 

ウチも 大規模修繕となれば スーモ!

やっぱマンションは、冬は暖かく老体には優しい。

 

築年に比例し、価格が良い感じに 下がっているし、

「東京は億ションばかり!」って言う人がいるけど、

バブルの頃と違って、安い物件はあるんだよね。

 

近い将来、俺ら世代が減るから、ますます家は下がるぞ。

 

さて、老夫婦なら 2LDKだな。900万~2千万でアルアル!

 

今は、都営三田線で 大手町まで直通だし、でもな。

 

昭和40年仕様の地下鉄は6両編成~工場地帯がマンションへ、

急速に人口増加したから、朝の電車はとんでもなく混んで、

 

みんなゲッソリ通勤してたから、

スキーを持って電車で東京駅なり、羽田空港は行けないな。

 

老後の住まい、山や清流が見える サービス付き高齢者用賃貸か、

土地勘がある地のマンション住まいにするか、

今から考えておけば、いざという時もすんなりいくもの。