昭和7年生まれの死んだ親父、戦後から手書きの日記をつけていて、
昭和26年からの話をリタイア後にワープロ打ちしており、
実家じまいで見つけた。それには戦前や祖先の事も書いてある。
私はスキャンしクラウドに上げ、親戚で見れるように保存した。
どんな話でも人生ドラマの主人公は自分で、経験した事は宝物。
親父の日記を読んでそう思った。
子孫が読むかは解らないが、現代ならブログで残すのが簡単です。
その人の生活観が解り、旅行記や様々な人生経験体験談、
そんな事を書いておられる人の話、価値観が違っても好きです。
さて親父の日記も長いから、少しずつ読ませてもらってますが、
昭和20年は敗戦の年、米10㎏が3円57銭だったそうだが、
食料難で芋、カボチャが主食だったそうです。
これらは校庭を耕して、比較的簡単に収穫が出来たって話。
そして滅多に口に入らない白米、10kg 3円だったのが、
昭和26年には10kg 515円にも値が上がってしまったようです。
(親父の肌感覚。配給と闇市でも価格差があったみたい)
このハイパーインフレを抑え込んだのが 昭和24年~ドッジライン。
GHQアメリカ主導の超強力な経済引締政策を行ったそうです。
日本政府が赤字補填のため、紙幣増刷(赤字国債)やバラマキ厳禁。
収入以上の支出を一切認めない緊縮財政で物価高を収束させた。
巨額の財政赤字を黒字化させたのは、アメリカ主導だったのか。
(念のためAIに確認して だいたいあってました)
想像すると壮絶な時代、だが今もヒントがありそうな話ですね。