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東京を拠点に国内外アウトドア旅行

不況就職からバブル経済その後崩壊「激動の社会人人生」

つづきです・・・東京都の事務職が務まるとは思えず、

親が心配していた 大赤字の親方日の丸に就職。

 

入ってみれば臨時雇用準職員のままの先輩がいて、

雑用とメシ作りが仕事であった。

給料は安かったが、相部屋の寮と古い宿舎、低金利の貸付、

高金利の共済貯金、専属病院無料、

組織から出なきゃ 国民総中流家庭を 築けただろう。

 

教育システムがあり 必要な資格は給料もらって取れた。

特殊無線、電気工事士、危険物、移動式クレーン・・・

動力車操縦 辞めちゃえば使わない免許も含め。

 

やる気になれば幹部クラスへ 大学課程もあったが、

それが幸せとは思えず、上司は東大卒の28歳だったが、

くせ者だらけ 経験値がものを言う職場で気の毒だった。

心身が強靭でなければ務まらず 辞めてしまった。

 

感電、墜転落、入換連結作業で触車が頻繁に起きる

危険と隣り合わせ 先輩の口癖は「怪我は自分持ち」

運が良く 一通りの仕事を体験させていただき、

楽しかったけど 組織が壊滅し7年ほどで退職。

 

時は景気が良くなり、商業高校から山一証券に入った女子同級生、

ボーナスが私の5倍・笑、さて 次は何の仕事をしようか?と、

失業対策で タクシーとバスの2種免も取った。

 

幸い資格免許があった我々は 官公庁各企業に引き取られた。

私も良き先輩に首を引っ張られ 次の仕事が決まって、

「貯金ゼロ」身柄は交際中の彼女に引き取られ結婚。

 

強烈な環境ながら、良い人たちに恵まれて、

成長が出来た7年間、安いながら共済年金もカウントされて・笑

 

あれほど華やかだった山一証券、日本航空も一度は破綻、

ほんと先の事は「ほぼ運?」40年を働くのって大変だ。

worldwidetraveler.hateblo.jp